八重山ミンサー

八重山諸島は、沖縄本島からさらに南にある最南端の石西礁湖周辺の島々合計12の有人島
八重山の中心にある小さな島の竹富島が発祥です。

 

沖縄サミットが2000年7月に沖縄本島で開催しました。
その時に八重山地方の「ミンサー織」とミンサー柄の入った軽装運動(愛称クールビズ)のかりゆしウェアのファッションが披露され、小泉純一郎首相や細田博之官房長官がミンサー柄の入ったかりゆいウェアを愛用し始めたことで全国的に知られるようになりました。

カラフルな沖縄のかりゆしウェアを着れば街全体が明るく魅力的になればと広まり、現在のかりゆしウェアは様々な柄になりました。

ミンサー織りの歴史

確かな時期は分かっていませんが、八重山で木綿の栽培が始まった約400年前だといわれています。

一説によると、アフガニスタンからネパール・インドで織られていた獣毛を岩料で染めた細幅織物が仏教伝来の折に、海路である八重山・沖縄地方に伝わり綿糸と相まって八重山織・ミンサー織となったといわれています。

八重山ミンサーは現在主に竹富島、西表島、石垣島ですべて手仕事で作られています。

用途としては、「ミンサー帯(みんさーふ)」など沖縄の伝統的な帯などのほかに、バッグや財布、衣服やインテリアにも使用されています。

当店のあるユーグレナモールの通路の床もミンサー柄のタイルで飾られています。石垣島出身である夏川りみが2002年NHK紅白歌合戦で初出場の際、ミンサー柄の衣装をまとって「涙そうそう」を歌いました。

ミンサーの模様の意味ついて

八重山地方にて、昔に通い婚の風習があった時代
女性が男性に向けて返事をする為に綿の織物に意味を込めた模様マスの五と四を入れ贈っていたことからはじまりました。

綿の幅の狭い織物の事を綿狭(ミンサー)となったといわれています。

その模様の五と四の柄が現代のミンサーの言い伝えでは、五の■模様が男性(いつ)を表し、四の■模様が女性(世)を表し「いつの世までも末永く」と言う意味。
男性はいつも先を見つめ、女性は世を見つめ、合わせるとピッタリと合う事から何事も思いやる事と協力する事が大事と言う意味も込められています。

縁には■マスの連続した模様が入り横縞を連続させるヤシラミ(ムカデの足)柄は、「足しげく、私のもとに通って下さい」という意味がありました。

また、藍を何度も重ねて染めることから、「愛を重ねて」という意味も含まれるといわれています。

「愛を重ねて」「いつの世までも末永く」「足しげく私のもとに通って下さい」

更新日:

Copyright© YouI , 2019 All Rights Reserved.